ツワノシゴト模様 島根県津和野町発信、生き方を探すローカルメディア

中山間地域の農業流通を変える! 「国連で働きたかった」グローバル女子が、地方で起業を目指すワケ

中山間地域での農業の難しさに向き合いながら、地域おこし協力隊として活動してきた栗原紗希さん。
地域おこし協力隊の任期が終わる来年度に向けて、農作物・狩猟物の流通・卸し分野での起業を目指しています。
津和野の豊かな自然の幸を全国に届けたいと語る栗原さんの想いに迫りました。
取材・構成/前田千晶、瀬下翔太(2015/11/16)

kurara2
グローバルからローカルへ

――まず地域おこし協力隊に参加した背景を聞かせてください。もともと地方に興味があったんですか?

栗原紗希(以下、栗原):いえ、私は最初から日本の地方に興味があったわけではありません。日本より海外に興味があるタイプだったんですよ。
少しその話をさせてください。私はホームステイの受け入れを積極的にやっている家庭に育ちました。日本へ畜産を学びにきている外国の少数民族の方がふつうに家にいるような感じです。高校生の頃にはタイの農村へ行くスタディ・ツアーに参加して、すさまじい貧富の差に衝撃を受けました。そのときから、格差問題のようなグローバルな問題の解決に貢献したいと思うようになったんです。それで、そういった問題を解決できるであろう国連に入ることが夢になりました。

大学に入ってからは、クウェート大学の語学センターで国連就職の武器となるアラビア語を勉強して、実際にクウェートの国連開発計画事務所でインターンシップを始めます。ただ、国連で仕事をしてみたら、自分の理想とだいぶ違っていたんですね。現場のなかで仕事をするイメージを持っていましたが、実際にはオフィスでのペーパーワークが中心。「現場に根づいた仕事がしたい!」と思って、自分が生まれ育った日本に戻ってきました。

――なるほど。では地方に興味を持つようになったのは帰国後ですか?

栗原:ええ、そうです。帰国したあと、福岡県にある小さな集落に行く機会がありました。自然の豊かなところでしたが、課題は山積み。産業を振興しなければいけない、人口減に対応しなければいけない……。でも、そこで自分にできることは全然なかったんです。当時の私には、どんなふうにアクションを起こせば状況を変えられるのか、さっぱりわからなかった。

そんな無力感のなかで、徐々に「地方で必要とされ、活躍できる人間になりたい」という想いが強くなってきました。

――津和野町に来ることになったきっかけはなんだったんでしょうか?

栗原:きっかけは、地域活性に取り組む会社「ファウンディングベース」(東京)の代表・林賢司との出会いからです。彼が津和野町で地域おこしの活動をしていたので、まずはその縁で現場に入って、地域活性化のノウハウを身につけようと思ったんです。それで林に「私も津和野に行かせてください!」と頼み込んで、決まり(笑)。細かいことを考えず、飛び込みました。

kurara1

農業に生きる人を支えたい

――津和野に来てから、どういう活動をしていたんですか?

栗原:津和野の野菜を観光客の方に届ける「津和野まるごとマルシェ」という野菜の産直市の運営を引き継ぎました。農家さんを訪問して野菜の仕入れをしたり、町内の飲食店に津和野の野菜を使ってもらえるよう営業に回ったり、町内の事業所を車で回って野菜販売の行商をしてみたり。津和野の農業の実態を把握し、農家さんと信頼関係を構築しようと思っていました。

――農業に注目したのはどうしてですか?

栗原:そうですね。先ほどお話した福岡の集落もタイの農村も、私が行った田舎はどこも農業で成り立っていました。それで、どんな地域であっても、根底にあるものは食、つまり農業なんじゃないかと思ったんですよ。

それから、私は津和野町の農家の人は本当にカッコイイと思っているんです。
津和野町は、農業で生計を立てるのが大変な場所です。農地面積の少ない中山間地域だから、ふつうにやっていては大規模に農業ができる地域に負けてしまうんですよ。ですから、ほかの地域以上に試行錯誤を繰り返し、ノウハウを蓄積している。そんな農家の方々の姿をみて、このひとたちをサポートしたいと考えるようになりました

津和野の農作物・狩猟物を日本中に届ける

――地域おこし協力隊の任期満了に向けて、ご自身で事業をはじめる準備をしていると伺いました。

栗原:ええ、そうなんです。今年の9月頃から本格的に動き始めました。
津和野の良質な農作物・狩猟物を外に出し、広めていく仕事をつくりたいんです! まずは高知県のスーパーに、津和野の蜂蜜やワサビを卸しはじめました。津和野のワサビは本当においしい。この魅力を伝えていきたいです。

ただ、事業性の観点で言うと、利益を大きくするためのノウハウがまだ足りていません。そのため、もう少し稼ぎやすい商品にも着手する必要があると考えています。
そこで注目しているのが、猪肉です。猪肉は付加価値が高く、利ざやも大きい。これを卸せれば、事業が成り立つんです。いまは津和野の猪肉を扱ってくれる飲食店の開拓に力をいれています。

――津和野で起業したい、そう思ったのはどうしてですか?

栗原:同世代の新規就農者との出会いが大きいかもしれません。中山間地域の厳しい条件のなかで勝負している新規就農者の方々を見ていて、すごく刺激を受けたし、彼らを応援したいと思ったんです。
それで自分にはなにができるかと考えて、流通・卸しをやろうと思い立ちました。農家の方はどうしても自分の土地を守って耕していかなければいけませんが、私はそうじゃない。自由に動けます。東京でも高知でも、なんなら海外へだって営業にいける。その価値を活かしたいなと。

もうひとつは、津和野の農作物・狩猟物の魅力を広めている人がほかにいないということもあります。
それならば私がやろう、と。それだけです。

kurara3

農家との信頼関係を築く

――実際に事業を立ち上げていくうえで、一番大変な点はどこですか?

栗原:いろいろなことがありますが、一番大変で、大切なことは、農家の方との信頼関係を築くことです。頻繁に連絡をとったり、出荷のお手伝いをしたり、お客さんの反応を教えてあげたり。そういう関わりのなかで深い関係になることが、もっとも重要ですね。

逆に、今度顔出しますと言って出さないとか、そういうことをしては絶対にいけないです。信頼を失ってしまいますから。
私も町に来たばかりの頃は、よく寝坊をしたり、顔出しますと言っても忘れてしまったり、未熟な部分がありました。津和野町に来たことで、自分の悪い部分にきちんと向き合って直していけるようになりました。

――そのように地域や農家の方々と関わるなかで、印象的なエピソードはありますか?

栗原:私は流通・卸し業界の経験がまったくなかったので、事業を立ち上げるにあたってわからないことばかりで、本当に困っていたんです。そんなとき、大手スーパーを相手に一人で卸しをやっている方がいるという話を耳にしました。それで顔も知らないその方に連絡をしたら、すごくよくしていただいたんです。「いろいろ教えてください」という話をしたら、夜中まで付き合ってくれて「私のすべてを教えてあげるから、がんばりなさい」と言われました。お礼を言いながら、ボロボロ泣きました(笑)。このときのことは、すごく印象に残っています。

それから、先ほど話した産直市を運営しているときに「サキちゃんがいないところには、野菜を売りたくない!」と言ってもらえたこともすごく嬉しくて、印象に残っています。
当たり前ですが、仕入先の農家の方がいなければ、野菜市場も私の事業も成り立ちません。
私、本当にいろんな人に支えられながら生きているんだなって思います。

夢は、津和野から世界へ

――最後に、これからの目標を教えてください。

栗原:まずは、自分の商売をきちんと成り立たせることです。地域おこし協力隊として給料をいただくことができるのはあと1年しかありませんから。毎日押しつぶされそうな不安があるけれど、地方でここまでできるんだぞ、ということを証明したいです。

そのうえで、最終的な目標は海外進出です。中山間地域のように、農作物を育てることが厳しい環境は海外にもたくさんあるんです。今やっている事業の経験を活かして、そういった地域に住む海外の人たちをサポートできる仕組みをつくりたいですね。10年後には、必ず実現させますよ。

 

1年後の栗原さんへのインタビュー記事はコチラ

——————————
津和野の農作物・狩猟物を日本中に届けたいと願う栗原さんの事業にご興味がある方は、下記よりお気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ先:saki.kurihara@gmail.com

島根県津和野町発信、生き方を探すローカルメディア

Copyright© ツワノシゴト模様 , 2015 All Rights Reserved.