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2015.10.30

大学生が地方に飛び出す理由とは:地域活性を通して自分を見つける

国際基督教大学を休学し、地域おこし協力隊として津和野町へ赴任した小林英太郎さん。現在、役場の農林課でバイオマス発電の推進事業に携わる小林さんに、津和野にやってきた背景、そこでの葛藤について話をききました。
取材・構成/前田千晶、瀬下翔太(2015/10/30)

 

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バイオマス発電で循環型社会をつくりたい

 

――まずは津和野にきたきっかけを教えてください

 

小林英太郎(以下、小林):2年前の夏休みに津和野町で1ヶ月生活したことがきっかけです。
そのとき津和野町で既に地域おこし協力隊として活動していた方と知り合いました。その方から、昨年の秋口ごろ「津和野町へ来て、新たに始まるバイオマス発電計画に携わらないか」というお話をいただいたんです。津和野に移住するイメージがなかったので一度は断りました。しかし、もともと大学の授業で触れた自給自足型の社会や未来のコミュニティのかたちに興味があったので、バイオマス発電を通じてそうしたビジョンに近づけるのではないかと思い、最終的に津和野に行くことを決めました。

 

――大学を休学して、津和野にやってくるというのは大きな決断だったと思います

 

小林:そうですね。休学することで就職が1、2年遅れてしまうことを祖父母は心配していました。知り合いの教授からも「25歳までにキャリアを積まないと将来の昇進は難しい」「大学生のうちに地方に出て、なんになるのか」と反対されました。けれど、僕はたくさんの経験を大学生のうちにしたほうがいいのではと思っていたんです。自分はバイオマス発電に関わるような専門科目を学んでいたわけでもないし、その道のプロでもありません。しかし、そんな中途半端な立場だからこそ、挑戦できることがあるのではないかと考えました。

 

――そう考えたのはどうしてですか?

 

小林:たとえば、バイオマス発電に携わるとしたらいろいろな関わり方がありますよね。役場職員であったり、投資家であったり、プラントメーカーであったり。そのなかでそれぞれのアクターが実際にどんな業務を行い、どのような役割を担っているか理解するためには、自分の目で見て、肌で感じるのが早いですよね。バイオマス発電事業を進める過程を実際に体験することで、自分がこの先どうしたいのか、考える材料になると思いました。

一般的には、大学に行かないと選択肢が狭まってしまい、やりたいことができくなると言われます。でも、僕は社会を知らないのに大学に行くことに違和感があったんです。大学を出て、いざ就職しようと考えても、社会を知らなかったら選択肢をあげることすらできませんよね。生まれてから死ぬまでの時間は限られているから、その間にできることはなんでもやりたいんです。

 

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9割の森をどう活かすか

 

――農林課での仕事内容について教えてください。

 

小林:いま取り組んでいるのは、地域再生計画策定事業です。この事業の中心となっているのが、バイオマス発電事業なんですね。津和野町が推進する「木質バイオマスガス化発電」は、木製チップを用いて効率的に発電と熱供給を行う先進的な発電方法です。町の面積の90%を占める森林を有効に活用して生み出される利益を、町内でうまく循環させることができれば、町の経済の活性化につながります。この事業が成功すれば、日本に数多くある中山間地の先進的な再生モデルになるでしょう。僕はこの事業を推進するチームの一員として、日々調査や視察を行ったり、報告書を書いたりと裏方としての業務をこなしています。

 

――役場の先輩たちと仕事をすることに難しさは感じませんか?

 

小林:先にお話した通り、僕はまだ林業やバイオマス発電に関する深い知識を持っていません。そのため、会議の内容が専門的なものになると、ついていくのが精一杯というのが正直なところです。自分の存在意義を示すためには、とにかく勉強するしかない。いまはそう思って奮闘する毎日を送っています。ただ、半年津和野で過ごして、役場での仕事のやり方がわかってきた部分はあります。たとえば、協議会を行うときにどのような準備をすればいいか、出張時になにを意識して視察を行えばより効果的なものになるか、わかりやすい報告書や議事録を書くにはどうすればいいか。そういったスキルは、いまの仕事を通じて得られたと思っています。ときには自分の存在価値が示せるようにもなりましたね。東京へ出張に行った際には、得意の英語を活かしてフィンランド人の官僚とのやりとりを引き受ける、なんてこともありましたよ。

 

――津和野に来てから、影響を受けた人はいますか?

 

小林:今の上司には大きな影響を受けました。その人は猪突猛進といいますか、一度決めたら絶対にやりきるんです。やりきるための準備や下調べも欠かさない。その部分を非常に尊敬しています。そのまっすぐさで、仕事相手を泣かせてしまったこともあったそうですが(笑)。その人以外のメンバーも、それぞれ個性を活かして仕事をする、プロ意識が高い人たちばかりです。

 

自分が地方にいる意味

 

――活動していく中で悩んだことはありましたか?

 

小林:そうですね。「地域おこし」ということに対する自分の想いが弱いのではないかとずっと悩んでいました。経験を積みたい、町が動いていく仕組みを知りたいという動機で津和野に来たので、「なんとしてもこの地域に貢献する」という気持ちが足りないのではないかと思っていたんです。他の地域おこし協力隊員が持っている地域に対する熱い想いと比べると、自分はここにいていいのかと思うことも少なくありませんでしたね。

ただ、バイオマス発電事業が本格的に動き出すにつれて、少しずつ変わってきました。与えられた仕事をひとつひとつこなしていくことが、自分のいる意味につながる。今はそう思えています。

 

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いつかは地元・鹿児島に貢献したい

 

――小林さんは大学を休学して津和野に来ていますよね。今後のキャリアについてはどのように考えていますか?

 

小林:事業の展開次第、というのが正直な気持ちです。バイオマス発電の計画が実行段階まで進めば、もう少し津和野に残りたい。ただ、計画がうまくいかなかった場合には、大学に戻ってきちんと専門知識をつけられる道を模索したいです。

 

――なるほど。将来的にはどういう生き方をしたいですか?

 

小林:これは勝手な妄想ですけど(笑)、「Bライフ」みたいな生活をしてみたいと思っています。Bライフというのは、安い土地を買って小屋でもつくって悠々自適に暮らそう、という考え方です。田舎の安い土地を買って、ホームセンターで買ってきた板で家をつくり、ソーラーパネルを設置して、雨水をろ過して……という感じですね。自分に必要なものをそろえたら、あとは生きていける分だけ働いて極力自由になろうという考え方です。僕は自給自足のような完結している生活に憧れがあるので、農業や林業にも魅力を感じますが、場所に縛られたくないという想いも強いし、いろいろな場所を見てみたいという気持ちもあります。ですから、今の段階で農業や林業を目指すのは、まだ違うかなと思っています。今後の人生の具体的な進路は見えていませんが、いま話したBライフ的な暮らし方をかじってみるために、一人暮らしをはじめました。今まではシェアハウスに住んでいたので、まずは自分の生活を自分で管理してみようというわけです。

 

――最後に、津和野での経験のなかで、得たものを教えてください

 

小林:「自分の想いを実現しなければならない理由」を見つけることができました。この町には、なんとしても地域を変えよう、面白いものをつくろう、そんな気概にあふれる人がたくさんいます。僕自身は基本的に生きているだけで満足というタイプなんですが(笑)、町の人の姿を見ていて、面白く生きていくには自分のアイデアをかたちにすることが必要だと思うようになりました。僕は鹿児島出身なので、いつかは地元・鹿児島に貢献できるような事業を起こしてみたいと思っています。

それから「自由」の重要性です。誰かに強制されるのではなく、自分の意志で活動している人のところに、人は集まってきます。地域を盛り上げていくためには、みんながやりたいことをやれるような環境が必要です。自分の思いを自由に表現すること、それにはいろいろな障壁が立ちふさがると思いますが、恐れずに自分の意思を示す。それがこれからの津和野町、そして自分自身の活動に必要なことだと思っています。

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