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2019.02.08

”少子高齢化”、”1学年1クラス”。同じ環境で過ごしたからこそ、私が体験したかったことをさせてあげたい/芸術士®️ー近藤真世(こんどう・まよ)さんインタビュー

こんにちは。ライターの前田健 吾(まえだ・けんご)です。

今回は芸術士さん特集の第2回目。2018年10月に津和野町芸術士®️派遣事業の1人として着任したばかりの近藤真世(こんどう・まよ)さんを紹介させていただきます。

 

歴史や文化に関心が強く、大阪府の博物館で学芸員を務めていたという彼女。

なぜ芸術士®️になったのか。

今後どんなことをやっていきたいのか。

知られざる近藤さんのバックグラウンドに迫ります。

 

 

自分が好きな歴史や文化と、アートを繋げていきたい

 

ー近藤さん、初めまして。今日はよろしくお願いします!

近藤さん:こちらこそ、よろしくお願いします。

 

ー芸術士®️になる前は、博物館で学芸員を務めていたと聞いています。直接アートに携わる職業ではないと感じますが、関わりはずっとお持ちだったのでしょうか?

近藤さん:大阪府の博物館で学芸員を務めていましたが、芸術への関心はずっとありました。昔はルノワールやゴッホといった西洋美術家のビビッドでパッとわかりやすい作品が好きだったのですが、とても奥深い魅力を持つ日本美術に徐々に惹かれていったんです。キッカケは、奈良県の大学で文化財を学んでいたこと。その作品が出来上がっていった背景や歴史に関心が強くなるにつれて、パッと見ただけではわからない日本美術の美しさやすごさに気づいていったんですよね。

大学卒業後は縁あって博物館の学芸員を務めることになりましたが、その中でも芸術との関わりはずっと持っていました。

 

ーなるほど。博物館の学芸員というと、展示品の管理や来訪者へのガイドが主な仕事のイメージです。

近藤さん:もちろんそれもありますが、学校の授業に講師として入ることもありました。当時の博物館は歴史教育の普及に熱心で、『歴史を学ぼう』という授業でミニ埴輪(はにわ)や勾玉(まがたま)を作ったり、古代の人になりきって寸劇をしてみたりと、子どもたちが歴史に興味・関心を持てるようなアプローチを仕掛けていました。また今の芸術士®️の活動で行なっているような、子どもたちが親と一緒に牛乳パックやペットボトルといった廃材を使って、アート作品を作ったこともありました。その中で、子どもたちと接すること、また教えることの楽しさに気づいていったんです。

 

(近藤さんが行なっていた授業『歴史を学ぼう』の様子)

 

ー芸術士®️になったキッカケを教えていただけるでしょうか?

近藤さん:学芸員時代に、地域で子どもに接しながらアート活動をできる仕事があるという話を友人から聞きました。それから、何の気なしに全国の地域おこし協力隊の求人サイトで調べてみると、津和野町の芸術士®️派遣事業が見つかったんです。その内容がとても珍しく、まさに自分がやりたいことだと感じて応募しました。

 

ー今は他二人の芸術士®️のサポートが中心だと聞いていますが、ゆくゆくは自身で授業を持つことになるかと思います。その時には、どのような内容にしたいと思っていますか?

近藤さん:大学に進学する際に地元を離れましたが、元々の出身は津和野町の隣町である山口県の阿武町なんです。津和野と同様に少子高齢化が進んでいる地域で、通っていた小学校も1学年1クラスしかありませんでした。これから授業に入る小学校も1学年1クラスと、私の経験と重なり合うところがあります。

私が小学生だった時の美術や図工の授業というと、1人1作品で、机の上で黙々と自分の作品を作ることが普通でした。けれども振り返ると、1人で机の上でやるようなことではなくて、身体全体を使って表現したりチームで何か一つの作品を作り上げるような、もっと芸術に興味が持てて楽しめる授業を受けたかったなぁと思うんですよね。これから出会う子どもたちには、当時の私がしたかった体験をさせてあげられたらと思っています。

 

ーアートに携わる人で、歴史や文化を好きな人はそれほど多くないと思います。どのような点に魅力や面白さを感じていたのでしょうか?

近藤さん:小学校から高校まで、社会の歴史の授業はずっと好きだったんです。そうして奈良県の大学での文化財の調査や、美術館や寺社仏閣に何度も訪れることによって、その魅力にますますのめり込んでいきました。

仏像や建造物を眺めては、「誰がどんな想いで作り、伝えてきたんだろう?」「どんな時代背景があったんだろう?」と考えを巡らし、想像することが好きなんですよね。津和野も歴史ある地域で、様々な美術館や資料館があります。この町で、歴史や文化とアートを繋げて何か面白いことをやっていけたらと思っています。

 

 

町を活気づけていくために、まずはお年寄りから

 

ー歴史や文化とアート。繋げていくと、何だか面白いことが起こりそうですね。一方で現場で感じる芸術士®️の仕事の難しさも感じているかと思うのですが、それはどのようなものでしょうか。

近藤さん:子どもたちとの接し方ですね。子どもたちにとっていい方向に進むためには問いかけが必要なのか、それともアドバイスなのか。その状況に応じて何ができるかということは、常に頭の中にあります。導き方に正解は無いからこそ、すごく考えさせられますね。

 

ーまだ芸術士になったばかりで経験が少ないからこそ、目の前の子どもたちへの対応はその都度考えさせられると思います。それでも、学芸員として子どもたちに接していた経験は、様々な場面で生きてくるのではないでしょうか?

近藤さん:そうですね。これからは、町内の資料館で鑑賞ツアーをやったり作品に関連した絵を描いたり、名勝・堀庭園といった歴史ある地を活用したりと、文化財を活用したアート活動をやっていきたいと思います。また書道の経験もあるので、書のことでも何かできたらいいかな。そのように、私だからこそできることをこれからやっていきたいですね。

 

ー他の芸術士さん二人ともまた違ったユニークなバックグラウンドを持っていることは、大きな強みになると思います。また、芸術士®️は地域おこし協力隊制度を活用した事業です。自身の活動を通して、目指したい津和野の姿を教えていただけますか?

近藤さん:この町を訪れる以前は、本町・殿町といった津和野の中心エリアしか知りませんでした。けれども実際に暮らしてみて感じたのは、町内の各地域にコミュニティがあり固有の歴史を持つということ。地域に入っていくと、私の地元もそうなのですが、高齢化が進んでいて空き家も多く、とても寂しい気持ちになります。けれども、お年寄りから始まって色んな世代の人が楽しく笑顔になれるような動きが増えてきたら、もっと町が活気付いていくと思うんです。それがどのような動きなのかは今はわからないですけど、私からそんな活動を始めていきたいと思っています。

また、芸術士3人でライブペイントなんかやってみたいですね!キャンバスをたくさん並べて、3人がそれぞれ色んな動きをするんです。

 

 

ー3人それぞれインスピレーションを受けるものは違うでしょうし、他の2人と全然違う表現になっていて面白くなる気がします。

近藤さん:芸術士というと、どのような活動をしているのかと疑問を抱いている人もいると思います。ですので、ライブペイントなど人の注目が集まることをして、私たちの広報にも繋げていきたいんです。

また、教育系の大学に通っていたこともあり、子どもと接する機会は多々ありました。彼らからはたくさん元気をもらいましたし、表現方法について学ばせてもらったことも多くありました。私の活動を通じて、子どもたちの可能性の芽を潰さず、大事に育てていきたいと思っています。

 

ー芸術士としての活動は始まったばかりでわからないこともたくさんあると思いますが、他にはない近藤さんのバックグラウンドや強みは芸術士の活動に必ず生きてくるはず。これからの活躍を楽しみにしています。今日はありがとうございました!

近藤さん:こちらこそ、ありがとうございました。

 

インタビュー中も落ち着いた様子で、素直な思いを伝えてくれた近藤さん。熱い想いというよりも、何か目の前のことに優しく寄り添うような、そんな自分ができることからコツコツと積み上げていく人のような印象を受けました。

数多くの偉人を輩出し、深い歴史と多様な文化に育まれた背景をもつ津和野ですが、この地の歴史や文化が子どもたちにとっては少し遠い存在のようにも感じられます。そこに親しみを感じてもらうためには、学芸員として働いていた経験を持ち、アートや歴史・文化にも知見がある近藤さんのような存在が必要とされているのではないでしょうか。

彼女の芸術士としての活動は、まだ始まったばかり。

これからも、近藤さんの活躍を追い続けていきたいと思います。

 

(文/前田健吾、写真/舟山宏輝)

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