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「自分の生き方を曲げていたほうが後悔していたと思う」。大学4年の3月に芸術士に出会った一人の男。

 こんにちは、ライターの舟山です。

 芸術士インタビュー第一弾は、2017年6月より芸術士となった大田慶(おおた・けい)さん。
 インタビュー前に芸術士活動の現場を見せてもらいましたが、そこでの驚きから「芸術士」という仕事の本質を伺うことができました。
 彼はいかにして芸術士となり、何をなそうとしているのか、その真意に迫ります。(2019年2月掲載)

|園児や生徒に、成果物を求めない?
 12月末、津和野町木部地区にある木部保育園での芸術士活動現場取材の許可をいただき、取材へ向かいました。
 芸術士という肩書きから「園児や生徒たちと一緒に工作したり、絵を描いたりする活動なんだろうな」と思いながら入った教室には、大きな綿のかたまりと、たくさんの風船。

 集まった園児を前に「じゃあ今日はこれで思いっきり遊びます。何してもオッケーです。よーいはじめ!」などと、最低限の説明で活動がスタート。大田さんの声を合図に、子供たちは綿の塊に向かって一斉に「わー!!」と叫びながら全身で綿に絡まります。

 「あれ?これ作るよ〜とか指示ださなくていいの?」なんてことを考えているのもつかの間、私もあっという間に園児の標的に。「倒せ〜!」の掛け声とともに倒され、全身を綿で埋められるという、人生初体験。

 その後も綿で遊び続けたり、途中綿ハウスが完成したり、風船で遊び始める子がいたり大田さんが準備していた楽器を吹き始める子がいたりと、終始自由な時間となりました。

 

 

|芸術は、心を表に現すためのツール
ー芸術士、という職業名を聞いて、子供と一緒に絵を描いたり工作をしたりする仕事だと思っていました。なので「何も作らない」という現場の様子はとても驚きました。

 何かを作るための芸術、というのは本質と真逆です。芸術は「心を表現するツール」でしかない。なので、絵を描いたり物を作ったりして作品を作るというよりも、その過程がとても大事になってきます。

 子供達が心をさらけ出して「こうやりたいからこうした」をたくさんできるように活動していくこと。それが私たち芸術士という仕事の一つだと思います。

ー自分の心をさらけ出して表現することを、手助けするのが芸術士なんですね。
 私たちは子供達が何か考えて導き出したところを重点的に褒めるようにしています。作品を作るようなワークショップをやったとしても、作品に対して技術的な観点から「ここが上手だね」というようなことはあまり言いません。子供たちの心が、どう考えてそこにたどり着いたか、そしてどこへ向かっていくか、といったことを大切にします。

 ただ、褒めるだけでは「褒める係」になってしまいます。なので、私たちはそこに加えて、考えていく中で子供が見つけた興味・関心を、より深く探求できるようにサポートもしています。例えば考えていく中で宇宙に興味を持った子がいたら、その子に宇宙の図鑑を渡したり宇宙に関連するワークショップをやったりします。そうすると、「興味を持つことは良いことなんだ」ってわかってどんどん自ら学んでいくようになります。

 私たちの仕事は、子供が心をさらけ出すことと、その中で見出した興味に対して適切な知識や技術をどんどん与えられるようにすることです。
(トランペットに興味を持った子供に、吹き方を教える大田さん)

ーその考えから、今回綿を中心に使った活動となったのはなぜでしょうか?
 一つは、季節が冬だったため「雪みたいでいいな」と思ったこと。そしてもう一つは、様々な活用可能性があるものがよかったからです。

 物の中でも、使い方が限定されてしまうと、子供たちの発想に制限をかけてしまうなと思っています。そこにも良さがありますが、今回は子供達が心をさらけ出して思いついたことを、できるだけなんでもできるようなものがいいと思って、綿を選びました。

|自分の生き方を曲げる方が後悔していると思う。

ー自分の心を出すことが大事と考えている、とのことですが、それはなぜでしょうか。
 私自身、自分がやりたいことを愚直にやり通すタイプの人間です。

 高校生の頃、学校の先生から勉強方法を押し付けられたことがありました。勉強自体はすごく好きで、独自の方法でずっと勉強していて、きちんと成績も出ていました。先生から言われた方法は、全然納得できなかったので、ずっと無視をしていました(笑)。先生のその指導方針ってやっぱりおかしいよなと。
 大学生の頃にアメリカのプレゼン番組TEDにて「学校は、いかに創作性を抑圧するか(原題:how school kill creativity)」というプレゼンを見て感銘を受けました。「やっぱり自分の考えたものを貫くことって大事だよな」と思わされ、高校のころの自分に改めて自信が持てました。

ー自身も心をさらけ出してきたからこそ、その大切さを実感しているのですね。そこから、芸術士という仕事に出会ったのはどういう経緯だったのでしょうか。
 芸術士という仕事は、大学4年生の3月に知りました。天邪鬼で、他の人と違うことをしたくなる私は、普通の人と同じような就活は全然してきませんでした。会社に入るための面接も、一回も受けたことがありません。そのため、4年の3月でも仕事は決まっていませんでした。

大学に入ってから「子供」そして「アート」に興味があったため、それが両方できる仕事がないかな、とずっと探し続ける日々でした。調べる中で「自由に生きている人が多いな」という印象から、地域おこし協力隊にもアンテナを張っていたある日、津和野町の芸術士募集のページを見つけて「これだ!」と思い、芸術士になるため動き出しました。

ー大学4年生の3月まで就職先を決まってないし、面接も受けていない。その精神力はすごいですね。
 今思うと崖っぷちですね。だからこそいろんなところにアンテナを張っていました。
 芸術関係の仕事ってあまりないんです。だけど、私は自分の興味関心を捨ててまで他の職業に就く、という想像はできませんでした。どこかで妥協して、自分の生き方を曲げて違う仕事をしている方が後悔をしているんじゃないかなと思います。
 芸術分野で職業選択が本当に少ない中、津和野町で芸術士として仕事ができていることは、とても幸せです。

 津和野町での芸術士の仕事は、ちょっとやそっと、いや多くの苦労があったとしても乗り越えられるような場所です。

ー最後に、芸術士の活動としてやりたいことを教えてください。
心をさらけ出すことや探求の手伝いをすることが一番ですが、まず目の前のことを一生懸命にやりたいと思っています。そうすれば、自ずといい未来に向かっていくと思うので。明日の小学校の授業をいいものにしていきたいです。

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 自分の気持ちに嘘をつかず、貫き続けている大田さんだからこそ、子供たちも心をさらけ出すような空間を作れるのではないかと感じました。
 全国でも、香川県高松市と島根県津和野町でしか行われていない芸術士活動。また津和野町のみが行政管轄のため、小学校や中学校に入って活動できるのは全国で唯一津和野町だけだそうです。
 芸術士の拡大は、大学時代の大田さんのような救いになると思います。子供教育の点だけなく、キャリア選択の点からも、芸術士の活動がもっと広がるといいなと思いました。

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