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旅の途中で見つけた本当にやりたいこと。左鐙の農家・増子淳一さんにインタビュー

 

こんにちは!ライターの前田健吾です!

津和野で暮らすチャレンジャーの人となりに迫るインタビューの第一弾は、津和野町左鐙地区の農家・増子淳一さんです。

かつては、テレビのADや日本と世界各地の周遊をしていたかなり異色の経歴の持ち主。

そんな増子さんのこれまでの経験と現在のチャレンジについてお話を伺ってみました。

 

 

気温35℃。暑さへの挑戦

 

ある蒸し暑い夏の日の午前中。

左鐙をずっと奥に進んで行った先。15分ほど車を走らせた先にある杣の里よこみちから、さらに山の上に向かって5分ほど車を進めていった先に増子さんのビニールハウス(以下、ハウス)はあります。

 

「35℃以上の日もザラだから、今年は本当に大変。ここは結構高地にあるんだけど、ハウスの中は40度に達することもあるんだよ」

 

そう語る増子さんの格好は長袖長ズボン。

外気でも35度程度あるのでハウスの中はそれ以上に気温が高いのだが、虫や日焼け対策のため、腕や足を覆う必要があります。

 

 

「午前中に収穫をやっちゃって、気温がグーンと上がる午後に出荷作業をやるっていうのが最近のルーティン。午後に作業しているともうね、呼吸するのも苦しいこともある。今年は何より、暑さへの挑戦だね(笑)。」

 

わさび農家として津和野に移住してきた増子さんですが、栽培方法の変更に伴い現在はわさびの生産をストップ。今は、3棟あるハウスで様々な種類のトマトを育てています。

収穫したトマトは、町内や隣町スーパーなどへ直接持っていくとのこと。

こういった収穫から出荷までの流通の工程は、全て増子さん自身で行なっています。

 

「去年は1つの種類のトマトしか栽培していなかったんだけど、それだと販売先もターゲットも全部決まっている。だから、正直やっていてあまり面白くなかったんだよね。今年に入って種類を増やしたから、黄色い品種はあんまりスーパーでは売れないんだなとか、加工用だと結構売れるもんなんだなとか、市場のニーズは何となく掴めてきたね。」

 

現在でも新たな販路を探しているところで、時には広島のお店に電話をかけることもあると言います。

 

「市場のニーズに合ったトマトを届けていくための試行錯誤は、農家の仕事の中でも特に楽しいね。新規就農なんかで農業をやっている人のモチベーションってそこにあるんじゃないかな」

 

ADから旅。旅から農へ。

 

茨城県出身の増子さんが津和野に移住したのが5年前。

以前されていたのは、農業とは全く関係のないお仕事だったそう。

 

「元々はテレビ局でアシスタントディレクター(以下、AD)をやっていたんだ。台本を見てロケ地の予約を取ったり、先方とのアポを取ったり、それはもう調整に次ぐ調整の連続だったんだ。相手方の予定に左右されるような仕事だったから、3日連続で夜遅くまで働くこともあれば、3日連続で休むこともあったり、すごく不規則な生活だったんだよね」

 

大学を卒業後に新卒でイベント会社に就職した増子さんは、テレビ局へ出向。芸能の世界というと華やかなイメージがありますが、実際の現場はすごく泥臭いものだったと語ります。

その仕事を1年ほど経験した後、増子さんに転機が訪れます。

 

「テレビ局の仕事を辞めようかと考えていたことを当時の上司に打ち明けると、「旅に出ろ」って言われたんだ。テレビ局って離職率が高い代わりに再就職率も高かったから、上司も自分を見つめ直すのにもいいかなと思ったのかな。その言葉を本気にして、もうその場で「はい!いきます!」と伝えたんだ(笑)」

 

それからは自身の行動力を生かして、日本各地に止まらず、世界をまたにかけて旅をしていった増子さん。

テレビ局のADの世界から様々な地への旅。増子さんの話は、とてもリアルなものでした。

 

「九州に滞在していた時に、東日本大震災が起こったんだ。地元の茨城の方は被害がなくて安心していたんだけど、海の側にあったその滞在先に津波がやってくるって情報があって、みんなで大騒ぎしたことがあったなぁ」

「ヨーロッパには、自転車で色んなところを回っていったんだ。特に良かったのは、ベタなんだけど南フランスとイタリアのトスカーナ。朝の公園のベンチに座っている感じがめっちゃ良かったんだよ(笑)」

 

 

ママチャリ日本一周中の増子さん

 

増子さんが農家を志したキッカケも、この旅路でのある出来事がキッカケでした。

 

「すごくお世話になった福井県の農家さんがいるんだけど、その人の時間の使い方がすごくいいなと思ったんだよね。好きな時間に農作業をして、夕方くらいから仲間と飲み始めるていることもあったし、その人の時間を自由に使えているっていうところにすごく憧れたんだよね」

 

AD時代とは全く異なる‘‘自由な時間”に憧れた増子さん。各地での旅を終え農家となることを決め、新規就農フェアのイベントにて津和野と出会い、この地への移住を決めました。

5年前、知り合いもいない土地から1人で農家としてのキャリアをスタート。

今では家族も抱え、Iターン就農者の中でも最古参のメンバーの1人です。

自身を取り巻く環境が変わった今、この地でチャレンジしてみたいことについてお話を伺いました。

 

「津和野で新規就農で来たメンバーでチームを組んで、一緒に作物を栽培するとか、何か新しい取り組みをやってみたいな。みんな仲はすごくいいんだけど、一緒に何かをするキッカケが中々なくて。ユニークなバックグラウンドを持った人たちが多いので、繋がったらきっと面白いことができると思うんだよね」

 

 

テレビ局でのお仕事や日本と世界各地への旅の中で、自身が本当にやりたいことを探し続けた結果、津和野で農の道に進んでいる増子さん。様々なお話を伺っていると、とにかく行動してみることの大切さを思い知ります。

一般的なキャリアのレールには乗らずに、自分のやりたいことを形にするために地方都市・津和野に移住してきましたが、過去の経験も現在のチャレンジも時折笑みを浮かべて話している様子から、「こんな風に自分のやっていることを楽しく話せるようになりたい」と強く思いました。

僕も増子さんに負けじと、この津和野で自分の本当にやりたいことに向かって、これからもチャレンジを重ねていきたいと思います!

 

(文/写真 前田健吾)

 

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