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最終編:地域を巻き込みながら知のオルタナティブを考え、実践する【『地方』×『研究者』】

 

わずか一年足らずで、津和野での哲学勉強会や東京での「西周(にし・あまね)を語る会」などのイベント、さらには西周の新全集の出版準備など、精力的に活動している津和野町地域おこし協力隊の石井雅巳(いしい・まさみ)さん。

 

彼自身が地方に身を置いて過ごしてきたからこそ考えうる、地方・地方大学・そして研究者自身にメリットがある仕組みづくりの提言、津和野にとって記念すべき年である今年度の展望、新しい学問と社会の関係を探求したいと欲している若手研究者へのエール

 

津和野で過ごした1年間の振り返りと自身の思いを語った、若き”哲学”研究者の全3編に渡る寄稿文・最終編。

 

第1編:博士課程に進めなかった”哲学”研究者。「森鴎外」「西周」の故郷・津和野へ行く

第2編:哲学の父「西周(にし・あまね)」をもっと学び、他の人にも広めたい

 

 

最終編:地域を巻き込みながら知のオルタナティブを考え、実践する

 

「地方」・「地方(公立)大学」・「若手研究者」のそれぞれにメリットがあるような新たな仕組みづくり

 やはり、若手のしかも在野の研究者が地方で活動することを考えた場合、研究環境の悪さがまず課題として挙げられます。実験設備などが不要な人文学の研究をする場合でも、少なくとも文献購入費と旅費は必須です。というのも、学術活動は専門家同士の相互批判の上に成り立っているため、世界中の研究動向を把握するだけでなく、自らも学会などで発表して、フィードバックを得ることがなによりも重要だからです。

 研究拠点となるような大規模な大学図書館の数も少なく、都心部へのアクセスも悪い地方において、在野での研究活動を続けるのは確かに難しい部分もありますが、不可能かというとそうとも言い切れません。たとえば、私も参加している「島根県立大学北東アジア研究センターの市民研究員制度(※1)」は、若手研究者の新しいキャリアを考えた場合、先進的な取り組みになる可能性を含んでいるように思います。

 北東アジア研究センターの市民研究員になると、島根県立大学の図書館が利用でき、さらに院生との共同研究が成立した場合、50万円程度の助成(旅費や文献購入費など)を受けることができます。地域研究に力を入れてきた島根県立大学浜田キャンパスならでは制度で、地域に大学の知を開示するとともに、地元の学識経験者と共に活動することで、学生が刺激を受けて成長することが目指されています。とはいえ、地域に大学院生を指導できる人材がそう多くいるわけもなく、修士以上の学位をもった者も少ないため、まだ制度がもっているポテンシャルを活かしきれていないようにも感じています。

 

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こうした既に存在する魅力的な制度を踏まえて、「地方」・「地方(公立)大学」・「若手研究者」のそれぞれにメリットがあるような新たな仕組みづくりの必要性を感じています。以下、そのことについて若干の提言をしてみたいと思います。

 現在、先に挙げた三者はそれぞれ、地方の過疎化・学生の確保を含めた活性化・若手研究者の貧困等々の課題を抱えています。そこで、まず地域おこし協力隊や集落支援員の制度を活用して、自治体が若手研究者を地方へ誘致することで、

 ①地方にとっては、地域に若者を増やすことができるのみならず、その地の地域資源を研究してもらい、得られた知見を観光や教育に活かすことができます。

 ②研究者も、決して多くはない給与ですが、社会保障制度が備わった公務員として安定した収入を得ながら、研究を「仕事」にできるという利点があります。また、「若手研究者問題」において語られる論点のなかでも、とりわけ指摘する数が多いのは、博士号取得して大学に籍がなくなるとオンライン・ジャーナルの利用や科研費への応募が困難になる点です。(※2)そこで、地方公立大が在野や非常勤の若手研究者に無給の肩書きを与えて、図書館サービスの開放や研究者番号の発行を行うことができれば、若手研究者にとって、地方への移住は魅力ある選択肢の一つになりえると思います。

 ③大学側にもメリットはあります。第一に、若手研究者が学内に増えれば、島根県立大学の市民研究員制度が謳っているような学生への教育効果も期待できるでしょう。第二に、図書館の質の向上にも寄与できます。図書館は生き物です。というのも、それぞれの分野に精通している研究者が新刊本を入れていかないと図書館の質は落ちていき、後進の育成にも問題が出てくるからです。予算の都合上、旧帝大レベルで量を確保するのは無理でも、特定の分野の最低限の質を担保するために、在野研究者を迎え入れることは大学にとってもプラスに働くでしょう。島根県立大学のように研究助成を設けることができればなお良いですが、コスト面から言っても、地域おこし協力隊制度を利用できれば、一応最低限の給与と事業費は保証されるため、大学側は科研費の取得をサポートするくらいで済みます。

 どこに生まれても近くに公立の総合大学があることは、日本が誇るべきことなのかもしれません。しかし、個人的には、地方公立大もある程度強みとなる分野を絞ってそこに集中的に資金を入れていく方が、少子化と地方過疎化の進むこの国にはマッチしているように思えます。

 都市部の高い家賃や物価に苦しみ、アルバイトなどで研究がおろそかになるのであれば、地方に移住することで、若手研究者がまとまった研究時間を確保したり、場合によっては新たな研究対象の発掘をしたり、集中的にアンケート調査やフィールドワークを実施できる可能性は大いにあります。その地の大学側も専門知を有した者に積極的に門戸を開くことで地域研究が進めば、昨今強く求められている地方創生への取り組みをかたちにすることができ、地域全体の活性化にもつながる。そんな話も夢物語ではないかもしれません。

※1ー島根県立大学北東アジア研究センターの市民研究員制度 http://hamada.u-shimane.ac.jp/research/organization/near/sk/shimin_kenkyuin.html

 

※2ーたとえば、2017年3月4日に行われた「歴史学の担い手をいかに育て支えるか〜日本歴史学協会「若手研究者問題」アンケート調査中間報告から〜」にかんするtwitterでのつぶやきのまとめを参照。 https://togetter.com/li/1087004

津和野から西周リバイバルを巻き起こす

 4月からは西周事業に集中する予定です。実現まであと一歩のところまで来ている出版関連の業務、西周や彼が学んだ藩校養老館を主題とした大学と地域の若者の共同プロジェクト、観光にもつながる学術イベントの企画などに注力したいと思っています。今年は西周没後120周年、来年は明治維新150年と記念イヤーが続くので、津和野から西周リバイバルを巻き起こすことができるように頑張りたいです。

 とはいえ、私が津和野にいるのもこの一年が最後だと思うので、今後町が西周に関する業務をどのような形で引き継ぎ、教育や地域振興などに活用できるようになるか、を考えることも重要な職務になってくるかと思います。

 

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 私は挫折を経て、中山間地域である島根県津和野町に移住しました。こちらに来たときには心身ともに良い状態とは言えませんでしたが、役場の同僚や郷土史家を含む地域の人々、先輩研究者や島根県立大学の先生方など、様々な方からの支えもあって、仕事にやりがいを感じながら健康に生活できるようになりました。

 やはり、一度大学から距離を取って、冷静に自分のやりたいことを見つめ直すことができたのは、大きな転換点となったと感じています。また、研究をある意味で仕事にするとしても、地域おこし協力隊はあくまで自治体の職員であるため、市民の目線に立って学問や研究の意義やあり方について考えることができるようになったと思います。

 大学だけが学問の場であって良いとは思いませんが、現実問題として大学を離れて学術活動を続けるのは相当な困難を伴います。それゆえ、あまり無責任なことは言えませんが、現在の知のあり方や自分の将来に疑問や不安をもち、新しい学問と社会の関係を探求せんと欲する若手研究者にとって、地方移住は十分に「あり」な選択肢だと思います。地方に入って、その地域を巻き込みながら知のオルタナティブを考え、実践する

そんな人間がいたほうが、世の中ちょっとはおもしろくなりそうではありませんか?

室賀と石井さん

(文/石井雅巳)

 

石井雅巳(いしい・まさみ):1990年、神奈川県横浜市生まれ。2016年3月に慶應義塾大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修士課程修了。専攻は現代仏独哲学(現象学)及び近代日本哲学(西周)。2016年4月より津和野町役場町長付。町営英語塾HAN-KOH運営スタッフ及び西周事業担当。その他に、NPO法人bootopia学術領域担当、島根県立大学北東アジア地域研究センター市民研究員も兼務。

 

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