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第1編:博士課程に進めなかった”哲学”研究者。「森鴎外」「西周」の故郷・津和野へ行く【『地方』×『研究者』】

 

わずか一年足らずで、津和野での哲学勉強会や東京での「西周(にし・あまね)を語る会」などのイベント、さらには西周の新全集の出版準備など、精力的に活動している津和野町地域おこし協力隊の石井雅巳(いしい・まさみ)さん。

彼自身は元々地方に興味はなかったというが、博士課程に落ちたことをキッカケに、友人の伝を頼り津和野へやって来た。

 

博士課程に進みたかったという彼が、一年間地方で過ごして感じたこととは?

若手研究者の現状に対する思いとは?

津和野で過ごす2年目の展望とは?

 

津和野で過ごした一年間を振り返る、若き”哲学”研究者による寄稿を全3編に渡ってお届けする。

 

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第1編:博士課程に進めなかった”哲学”研究者。「森鴎外」「西周」の故郷・津和野へ行く【『地方』×『研究者』】

 

 

プラトンの『ゴルギアス』を読み、哲学にのめり込んでいく

 

はじめまして、石井雅巳と申します。神奈川県横浜市出身で、現在26歳です。

 去年(2016年)の3月に大学院修士課程を修了し、4月から地域おこし協力隊の一員として津和野町で働いています。こちらでは、町営英語塾HAN-KOHに勤務し、中高生に勉強を教える傍ら、これまで哲学を研究していたこともあり、郷土の思想家である西周の研究や事業にも取り組んでいます。

 

ハンコーで働く石井さん

 

「哲学のようなもの」は普段の生活のそこかしこに転がっているものですが、勉強という意味ではじめて接したのは、高校生の頃だと思います。高校が古書店街として有名な神保町近くにあったので、放課後はよく古本屋に寄るようになり、それがきっかけで本をそれなりに読むようになりました。実は、高校1年生の頃は、法学部に行って検事になりたいと思っていました。とくに興味があったのは死刑の問題で、その関連で数冊哲学の本も読んだ記憶があります。とはいえ、その後法学部への関心は薄れていき、高校時代はむしろ文学や民俗学の方が好きで、そういった本を――今思えば、大して理解もしてないくせに――読み漁っていました。

 だから、哲学に本格的にのめり込んでいったのは、大学に入ってからです。古代ギリシア哲学が専門の納富先生(現所属は東京大学)の授業が、自分の中での転換点だったと思います。正や不正、哲学的議論とはなにかという論点を扱っているプラトンの『ゴルギアス』という作品を読んでいくものでしたが、2000年以上前のテクストにもかかわらず、決して今も古びることのない鋭い議論に圧倒されました。その時代に固有な文脈がありながらも、それを越えて普遍的な問題に取り組むことのできる哲学の懐の広さに惹かれたように思います。

 

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出身校の哲学科には、古代から現代まで多種多様な分野のトップクラスの先生が揃っていたので、それ以来学部生の頃は授業にたくさん出て、バイトがあるとき以外は夜までずっと図書館に篭って勉強という生活でした。はじめは呪文にしか見えなかった難解な哲学書の記述が、徐々に「読める」ようになっていくのが何よりも快感でしたね。

 

若手研究者の困難な現状

 学費の高騰、過去の大学院重点化計画、国の交付金が減少、少子高齢化などによって、いま若手研究者が置かれている環境は決して良いとは言えません(※1)一部例外はあるものの、現在研究者が大学に就職する場合、博士論文を執筆して博士号を取得し、常勤ポストにアプライするというかたちを取ります。そのため、たいていの場合――分野によって異なるので、以下私が所属していた人文学を例にしますが――、研究職を志望する若手は、博士課程を修了後、まずは数年掛けて博士論文を準備します。そんな若手研究者を支援する仕組みとして日本学術振興会の特別研究員制度などがありますが、特別研究員になれるのはごく一部ですし、そもそもこの特別研究員(PD)になるにあたって、博士の学位を要求されるようになってきており(※2)、多くの若手研究者は大学の非常勤講師や塾などでアルバイトをしながら、博士論文を執筆しなくてはいけません。研究拠点近くに実家があり、なおかつ金銭的に余裕があればまだしも、一人暮らしをしている場合、家賃や食費などの生活費を稼ぎながら研究をしなくてはいけないわけです。学部や大学院時代に日本学生支援機構の奨学金を借りている場合、卒業と同時に借金を数百万背負いながら、就職活動がスタートする若手もいます。

 博士論文では、その分野で新しい成果を出すばかりでなく、当該研究における「第一人者」になることが求められます。そのためには当然、世界中の先行研究にあたり、場合によっては多くの実験やデータの収集や分析を必要とします。そんな極めて専門的で高度な作業を、不安定で――能力から考えれば――低賃金と言わざるえない非常勤講師等をしながら進めなくてはいけないわけで、日本の多くの若手研究者は疲弊しています。

 それに、仮に博士号を取得したからと言って、すぐに就職できるわけではありません。現在、大学が新たに教員を採用する場合、その多くは定年退職などで欠ける分野の人材を募集します。だから、どれほど優秀であっても、その分野の募集がないとなかなか就職ができないというのも珍しくありません。

 仮に博士課程修了までストレートで来ても、27歳です。20代後半から新しいキャリアを探すのはなかなか難しいですし、自分一人が生きていくのも大変な中、結婚や育児もとなると、パートナーの理解や支援があったとしても、相当に大変であるのは想像に難くないでしょう。
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※1ー若手研究者の実態については、菊池信彦「若手研究者問題と大学図書館界―問題提起のために―」、『カレントアウェアネス』 No.315(CA1790), 2013年( http://current.ndl.go.jp/ca1790#ref )や高山千香氏による一連の取材記事「国立大学で若手研究者が減少、「40代でも先見えないのが普通」の声」( https://thepage.jp/detail/20161026-00000008-wordleaf )、「国立大学で若手研究者が減少、研究機関は「民間への就職の流れが必要」」( https://thepage.jp/detail/20161026-00000010-wordleaf )を参照。
※2ー平成30年から博士取得(見込み)が申請の条件となる。

 

津和野に来たキッカケ

 恥ずかしながら、私は博士課程には行かなかったのではなく、行けなかったんです。それで、既に地域おこし協力隊制度を利用して津和野で働いている友人を頼り、こちらに来ることになりました。

 修士課程のときには既に学会で発表もしていたし、ある程度専門家のなかで評価もしてもらっていて、自分の研究にはそれなりには自信を持っていました。しかし、修士二年の後半くらいからは将来に対する不安や準備していた修士論文に行き詰まりを感じて、かなりナーバスな状態になっていました。なんとか歯を食いしばって書き終えた修士論文も、専門の異なる副査に評価されず、口頭試問の後に投げ返されました。今思えば、非常に狭い世界に閉じこもって虚勢を張っていたのだと思います。

 それ以来あれほど好きだった哲学に嫌気が差して、博士試験もかなり適当な態度で臨んでしまいました。その結果、語学と選択問題からなる筆記試験で、後者の問題の選択や記述に問題があると見做されて、もう一年頑張ってから博士に来いと落とされたわけです。今ではこう判断されたことに納得していますが、当時はとにかく大学から一度離れて、冷静に自分の将来を考え直したいと思いました。

 そんなときに、大学時代からの友人である瀬下から聞いていた津和野の話を思い出しました。それまでアルバイトで塾講師もしていましたし、本がなにより好きだったので、本屋や予備校がない中山間地域の学習機会の格差は気になる問題でした。そして、そこでなら自分にもできることがあるだろうと思ったわけです。さらに調べてみると、森鷗外や「哲学」という語を考案した西周の故郷ということで、縁も感じました。そんなこんなで、滑り込みで採用していただいたわけです。いま振り返っても、この選択をしてよかったと思っています。

 

ハンコースタッフ写真

町営英語塾HAN-KOHスタッフ写真。石井さんは左から2番目

(文/石井雅巳)

第2編:「哲学の父「西周(にし・あまね)」をもっと学び、他の人にも広めたい」

最終編:「地域を巻き込みながら知のオルタナティブを考え、実践する」

石井雅巳(いしい・まさみ):1990年、神奈川県横浜市生まれ。2016年3月に慶應義塾大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修士課程修了。専攻は現代仏独哲学(現象学)及び近代日本哲学(西周)。2016年4月より津和野町役場町長付。町営英語塾HAN-KOH運営スタッフ及び西周事業担当。その他に、NPO法人bootopia学術領域担当、島根県立大学北東アジア地域研究センター市民研究員も兼務。

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