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「いつか“輿兵衛”を引き継ぐ日まで」 造り酒屋の次男坊の、“下手”で“不器用”を認めた仕事術とは(華泉酒造・潮春光さんインタビュー)

“ジャパニーズワイン”と称される華泉の日本酒

津和野町のメインロードの一つである本町通り。古くからの町並みが保全されているこの通りの一角に、本日の取材先「華泉酒造」はある。

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切り株の年輪が残る“華泉”と書かれた看板は、趣たっぷりだ。長い屋根にはみっちりと赤茶色の石州瓦が敷き詰められ、歴史を感じさせる。
“試飲あります”の言葉に誘われて、店内に足を運んだ。

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華泉酒造は津和野の造り酒屋の中でも、特に長い歴史を持つ。創業は1730年、8代将軍徳川吉宗の時代だ。そんな歴史ある造り酒屋ではどんなお酒が作られているのだろう。華泉酒造11代目の潮春光(うしお はるみつ)さんにお話を伺った。

「この酒蔵で作られている『純米吟醸』は、完全な“メイドイン津和野”の日本酒。地元津和野で作られた“サカニシキ”という酒米を使用し、仕込水は秀峰・青野山の伏流水を使っている。この爽やかな味の日本酒は、ワインに近い風味があることから、“ジャパニーズワイン”とも称されるんだ。酸味も程よく、洋食にも非常に相性が良いんよ」

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しかし、“サカニシキ”とはあまり聞き覚えの無い米の品種だが、一体どのようなお米なのだろうか。

「サカニシキとは島根県固有のブランド米で、津和野の造り酒屋の多くが、原料として使用しているんよ。このお米によって作られたお酒の特徴は、とにかく酸味が軽やかなこと。酸っぱいという感覚とはまた違う爽やかさがある。しかし酒造りを失敗するとただの酸っぱいお酒が出来上がってしまうので、その軽やかな酸味を際立たせるために、いまだに試行錯誤してやっている。特に重要なのは、よく言われる温度調節や、原料の仕込みをするタイミングだね」

日本酒といえば、その飲みやすさが特徴として挙げられることが多いが、軽やかな酸味が特徴的だという商品はこれまで聞いたことがない。
そんな個性的な日本酒を製造している華泉酒造であるが、実はたくさんの種類のお酒を製造している。

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「日本酒だけで10種類、季節限定のものも含めたら、20種類はゆうに超える。これらの商品の多くは、僕の代で始めたもの。その時にしかない旬の味を出すことには、最もこだわっているんよ。

例えば夏の酒はアルコール度数の高い『本醸造ロック原酒』。辛口でスッキリしているから、ロックで飲むと爽快感がバツグン。冬は『ムロカ生原酒』かな。“男酒”と呼ばれるくらい喉ごしは強いけど、どんな料理にも合うんだ。仕込みが終わったばかりのお酒があるから、飲んでみてよ」

潮さんに言われるがままに、蔵出し一番の『ムロカ生原酒』をいただく。一口含むと、芳醇な香りが鼻に抜ける。舌触りはまろやかであるにもかかわらず、後味はキリッと軽やかだ。なるほど、飲んで納得である、これならどんな料理にも合うだろう。冷酒かロックで飲むと、その味わいをより深く楽しめるという。

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「“やりたいこと”こそ、徹底的に」ルーティンを続ける

季節に合ったお酒をづくりをすることに、とてもこだわっているという潮さん。しかしお酒の味そのものにも、強いこだわりを持っているようだ。

「結局一番守りたいのは、287年もの間、津和野の人に愛され続けてきた“華泉”の味。しかしただ単に同じものを作り続けていても、そこに未来はない。良いところは守りつつ、味も進化させていかないといけないね」

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かつてはたくさんの造り酒屋で賑わっていた津和野も、現在残っているのは華泉酒造も含めてわずか3軒(以前取り上げた、財間酒造古橋酒造がそうだ)。津和野を訪れる人も減少している昨今、お酒を作り続けていくのも、並大抵の努力では難しいものがあるのだろう。

そんなお酒作りは、通常は冬場の11月に仕込みが始まり、3月までには酒造りは終了する。50cmほど雪が積もる日もあるほど、厳しい津和野の冬。潮さんもそこには大変苦労されているようだ。

「津和野の冬場の寒さったら、本当に厳しいものがある。何せ朝の早い時間は-5度なんてことは普通にあるし、その中で徹夜で作業をやり続けることもある。多少は寒い中での作業にも慣れてきたけど、酒造りに関わり始めた最初のうちは、本当に厳しかった」

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津和野は盆地であり湿度が高いため、冬は身体の芯が冷えるように寒い。そんな中朝早くから夜遅くまで行う酒造りが、大変厳しいものであるのは想像するに難くない。そのお酒作りへのストイックな姿勢は、正に“マイスター”の姿そのものだ。

「自分自身のことについてはからきしだけど、酒造りに関しては、本当にストイックにやっているよ。普段は自由奔放で、周りを振り回す人間と良く言われるけど、酒蔵での自分は全然違うと思う。酒造りは、“生き物との戦い”だ。良い結果になるにしても、悪い結果になるにしても、やらずに後悔するよりはやったほうが良いと思っている。自分がやろうと思ったことは、必ずやりきる。それだけは決めている」

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お酒作りへの思いを語りだすと、潮さんの目の色が変わった。お酒を“生き物”と形容する辺りに、お酒作りの本当の難しさが伝わってくる。「結果はどうあれ、やらないよりはやった方がいい」とも話した潮さん。しかしその思いを探ると、結果にもこだわる姿勢もかい間見られた。

準備を怠らないことは、もしかしたら酒造りにおいて最も重要なことかもしれない。イチローや五郎丸がやっている、“ルーティン”と言われるものに近いし、“ゲン担ぎ”にも通ずるところがある。例えば消毒の回数や、着ている服まで気を使う。また作業を同時進行でやる時は、自分の頭を整理するために、何年も毎日メモを取り続けている。それを机の上に置いて、前日に必ず読み上げて実行する。
「何だそんなことか」って思われるかもしれないし、「やらなくていいじゃん」と言われても、やらなかったら絶対後悔するし、やる時には徹底的にストイックになる

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どれだけ細かいことであっても、ことお酒作りに関しては絶対に自分の意志を曲げないストイックな姿勢。極寒の酒蔵の中で、毎日自分の決めたルールを徹底する。やっていることはアスリートと、さほど違いは無いのかもしれない。しかし徹底的にこだわり過ぎて、疲れてしまうということはないのだろうか?

「ストイックになると、逆に充実するんだよ。「これくらいでいいんじゃないの」と人間はなりがちだけど、酒造りは一つ一つが大きなもんじゃからね、失敗が許されない。だからこそ絶対にルーティンを守るし、最早やらないと不安で眠れなくなるよ」

仕事に本気で向き合っているからこそ、充実感を覚えているという潮さん。そんな彼が酒作りに関わるようになったキッカケは少し意外なものであった。

“下手”を“不器用”を、認めた上でのものづくり

「僕は大学卒業したタイミングで、この酒造に戻って来た。もちろん僕も津和野で生まれ育ったけど、当時就活もしていたし、何せ次男坊だったから、華泉を継ぐイメージはなかったんよ。そんな時に父から「帰ってこないか」という連絡が来た。兄は一足先に就職していたので跡取りもおらず、杜氏(とうじ)さんの平均年齢も高くなってしまっていた。そんな状況を父は憂いていたんだね。僕はと言うと、まあそっちの方が楽かもなって思って仕事を始めたけれど、実際は全然楽じゃなかった(笑)。けれども酒造りに携わるにつれ、その魅力にすぐ取り憑かれていった。ものづくりも昔から嫌いではなかったからね」

酒蔵を受け継ぐつもりがなかったにもかかわらず、現在までストイックなお酒造りに励む潮さん。やはり根っから酒造りの血を受け継いでいるのだろう。
しかし潮さんは自身のことを、「不器用な人間である」と語る。

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ものづくりは好きだったんだけど、下手だったんだ。図画工作にしてもこだわりを持ち過ぎて、完璧に完成したという経験はあまりない。でもとにかく好きという気持ちはあったし、いまは不器用だということを、強く自覚しているからこそ、神経を使って徹底的に仕事に向き合っている。ただの工作ならやめてもいいかもしれないが、自分がやると決めたお酒造りを、投げ出すわけにもいかないしね」

いつか“輿兵衛”を引き継ぐ日まで

そんな潮さんの仕事ぶりにより、現在でも伝統の味が守られている華泉酒造。その名前の由来は初代・俵屋長七が、酒造を始めた際に、『華泉』という銘柄のお酒を作ったからだという。現在では歴史ある蔵を改築し、「輿兵衛(よへえ)」というアートギャラリーも運営しているそうだ。

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「もともと精米蔵だったところなんだけど、20年ほど前にギャラリーとして改装したんよ。このギャラリーへの出店は、基本的に自由。津和野が賑わうことに少しでも力添えできたらと思い、過去には『バラ展示会』や『めだか展示会』など色んな
イベントをやったよ。津和野では創作活動をしている人は結構いるけど、こういう場所だったら気軽に発表できるかもしれないしね」

ちなみにこの「輿兵衛」という名前の由来も、酒造りにちなんでいると言う。

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「輿兵衛」という名前は、代々屋号で受け継いでいる名前で、今まで11代続いている。歌舞伎の襲名みたいなもんで、自分の名とともに「輿兵衛」を受け継ぐんよ。面白いもので、昔は公的な書類でも使うことができたみたいだね」

代々受け継がれてきた「輿兵衛」の名。果たして、潮さんは引き継ぐ気持ちはあるのだろうか。
「いやあ親父は気に入ってないようで、「輿兵衛」の名は引き継いでいないんだけど・・・。そうだね、僕はこの名前は嫌いじゃないし、もしかしたら引き継ぐかもしれないね」

そう言って、ニヤリと笑った潮さん。その微笑の裏には、日々の徹底した仕事に裏打ちされた、自信が満ち溢れているように見えた。

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自分がやると決めたお酒作りに、今まで徹底的に向き合ってきた潮さん。

毎日のノートの書き置きも、ルーティーンやゲン担ぎも。華泉の伝統を守るためであり、美味しいお酒を作るためであり、何より毎日を充実させて生きるため。その労は惜しま無いというところに、彼の本当の強さがある。

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歴代の“輿兵衛”が守り続けた華泉酒造は時を超えて、人々にお酒の味の魅力を届け続ける。津和野出身の哲学者・西周(にしあまね)は、オランダ留学中に日本人で初めてビールを飲んだと言われる。そんな彼自身も、おそらく当時の華泉酒造のお酒に舌鼓を打っていたのではないだろうか。

美食家でもある彼が、現在の華泉酒造のお酒を一口飲んだとしても、芳醇な香りのある味わいをこう表現してしまうかもしれない。

そう、「これはまさに、“ジャパニーズワイン”だ」と。

16128198_1209431835842393_1063211419_n(文/宮武優太郎)

今回紹介させていただいた華泉酒造の「純米吟醸酒~奏~本醸造酒」は、『津和野町ふるさと納税制度』からお求めいただくことができます。詳しくは外部サイトまで。

外部サイト:ANAのふるさと納税「純米吟醸酒~奏~本醸造酒」スクリーンショット 2017-02-02 17.38.08

 

華泉酒造

営業時間:8:00~19:00
定休日:なし
駐車場:1台
TEL:0856-72-0036

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