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「価値」に着眼する地方創生:ちきりん『マーケット感覚を身につけよう』に学ぶ

少子高齢化問題をはじめとする地方の課題に向き合い、「地方創生」をポジティブかつインパクトを持って進める。その答えが詰まった本として、ちきりん『マーケット感覚を身につけようー「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法』(ダイヤモンド社,2015)を紹介する。
文/山本竜也(2015/11/26)

危機感を煽るという「戦略的な失策」

2014年5月に、民間シンクタンク・日本創成会議が「消滅可能性都市」896のリストを提示したことで、自治体の関係者や地方自治の研究者に衝撃が走った。

前岩手県知事の増田寛也元総務相が座長を務めるシンクタンクが、独自の人口動態分析を用いながら「この市町村は消滅する恐れがありますよ」と公表したことはセンセーショナルだった。マスメディアは、提言の具体的な内容に踏み込むのではなく、「消滅可能性都市」に選ばれた自治体のリストを煽り立てる報道に終始した。

このニュースを通じて醸成された地方の危機感を踏まえて、安倍政権も「地方創生」を一大政策課題と認識。各自治体に対して、今後5年間の集中的な取り組みを示す「地方版総合戦略」の策定を求めた。その結果として、ほぼ全ての地方自治体が今年度中に総合戦略の策定を完了する見込みである。

しかし、私たちは「地方創生」という課題へ取り組む以前に、大きな戦略的な失策を犯してしまったのではなかろうか。その戦略的な失策とは、日本創成会議や報道機関、政府が煽った「危機感」そのものである。この「危機感」は、計り知れない損失を産んでしまったのではないか。
なぜなら、地方に移住したい人、地元に帰りたいと思っている人に対して「地方は危機に瀕しているんだな(だから、行くのはやめておこう)」というネガティブな印象を植え付けてしまったからである。

マーケット感覚で地方は変わる

「地方創生」をポジティブに、かつインパクトを持って進めるためにどうしたらいいのか。その答えが詰まっているのが、ちきりん『マーケット感覚を身につけようー「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法』(ダイヤモンド社,2015)である。

本書は、金融業界や外資系企業などの豊富なビジネス経験を持ち、社会派ブログ「Chikirinの日記」 を運営する文筆家による書き下ろし作品である。本書は、タイトルにもある「マーケット感覚」をキーワードに、わかりやすいメッセージと腑に落ちる事例を詰めこんだ良書。本当に密度が濃く、線を引かずにはいられないビジネス書だ。

まず、マーケット感覚とはどのようなものか。筆者は、序章で次のように定義している。

商品やサービスが売買されている現場の、リアルな状況を想像できる能力(もしくはもう少し一般化して)顧客が、市場で価値を取引する場面を、直感的に思い浮かべる能力

この能力について、数多くの事例をもとに説明がなされる。たとえば、「ANA(全日本空輸)の競合を探す」、「就活や婚活」、「NPO」、「ジャパネットたかた」、「高校野球」……。身近で話題になりやすい事例ばかりだ。
さらに、筆者は、マーケット感覚のコアにあるのは「価値」であると繰り返し語る。そのたびに、事例に即して、独自の価値に関する解釈を重ねていく。その一例として、筆者の「高校野球」に関する価値の解釈を引用したい。筆者は、高校野球の価値とは、プロ野球とは異なると述べ、以下のように喝破する。

高校野球では「全体で戦ったにもかかわらず、時の運で勝ったり負けたりする理不尽さや、技術レベルが低くても、気合いと根性でカバーしようとする若者たちの物語」が取引されています。つまりプロ野球と高校野球では、観客に提供している価値が異なるのです。

「地方にこそ価値はある」発想の転換を促す

「地方創生」を進めるにあたって、危機感を煽る「戦略的な失策」をどうして日本創成会議や報道機関、政府は避けられなかったのか。この問いの答えは、ずばり地方の価値を訴えるという発想が当事者や関係者に足りなかったことにある。

町へ関心を持ってもらいたいのであれば、「我が町にはこんな素晴らしいところがある」「移住すれば、あなた(たち)にこんな価値を提供できる」とポジティブに訴えかけて初めて、目に留まる。

しかし、市場というものを軽視し、ときには遠ざけるかたちで経営されてきた地方にとって、マーケットに対して自分たちの価値を訴えることは困難であろう。筆者も、マーケット感覚がこれから最も求められるのは地方公務員なのではないかと語っている。

これまで地方公務員といえば、最も市場から遠いと思われる職業でした。しかし地方が抱える課題の中には、いかに若い人たちから居住地として選んでもらうか、いかに国内外からの観光客を増やすかなど、「いかに市場で評価されるか」というタイプの課題が、たくさん含まれています。

筆者は、「ふるさと納税」が地方公務員のマーケット感覚を育てることに効果的だと指摘している。「ふるさと納税」の市場は、税という最も公共的な分野に対して、競争原理が導入され、ニーズに基づいた商品設計が必要となった例なのだから、「納税者という不特定多数の人たちのニーズを把握し、市場から選ばれるためのマーケット感覚」が必要になる、と。

さらに筆者は、地方には潜在的な価値が山ほど眠っているのに、それを世に伝え、ビジネスにしようという人が足りないと指摘する。

潜在的な価値の源は、都会よりむしろ地方のほうにより多く存在しています。(中略)反対に地方では、潜在的な価値がゴロゴロしているのに、それに気づき、市場化しようという人が足りていません。

地方にこそ価値はある」という着眼点で様々な取り組みを進めること。そして、その価値を実際に世に訴えるとき、当事者がマーケット感覚を血肉にしておくこと。そうすれば、地方に住む私たちには大きなフロンティアの地平が拓けているのではないか。本書は、こうした発想の転換を促す一冊である。

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