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津和野町とは

多様性の町、津和野町

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島根県鹿足郡津和野町。

隣接している島根県益田市の中心部から津和野町の中心部まで、およそ30分。

しかし歴史的経緯から、隣接する山口県の萩市との繋がりが強く、観光地「萩・津和野」と呼ばれるくらい山口の文化が色濃く残っている町なのである。

そんな”津和野”という町名は、町花である”つわぶきの花”から命名されたと言われている。

つわぶきの花

つわぶきの花

 

島根県最西部に位置する人口約8000人の小さな城下町だが、そんな小さな町だと一括りにできないほどに、津和野は様々な顔を持つ町なのである。

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町の中心部にある本町・殿町通りには、連日観光客が訪れてくる。この城下町には一級河川である津和野川が流れ、メインストリートにはかつての名残である武家屋敷と白壁の土塀、そしてこのすぐ側には様々な色の鯉が泳いでいる水路がある。

殿町通りの水路を泳ぐ鯉。元々は食用だったという。

殿町通りの水路を泳ぐ鯉。元々は食用だったという。

 

夜の殿町通り

夜の殿町通り

 

少しメインストリートから離れたところには、堀庭園や乙女峠、森鴎外記念館や西周旧居などのディープな津和野の観光スポットが目白押しだ。

森鴎外旧宅の桜

森鴎外旧宅の桜

 

また観光とは別に、稲成神社、カトリック津和野教会、永明寺などの宗教施設が点在しており、全国的にも珍しい神道、キリスト教、仏教などの多様な宗教が共存し合っている場所でもある。これらの場所では、定期的に行事・イベントなどが開催されている。

稲成神社での初詣

稲成神社での初詣

 

カトリック教会

カトリック教会

 

永明寺

永明寺

 

そして、3月〜11月の土日祝日には、津和野−山口間をSLが走っている。その間はSLを一目見ようと、線路が良く見える大橋の辺りは多くの観光客で溢れかえっている。

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津和野−山口間を走る「SL」

日本遺産に認定された津和野町

百景図の一枚

百景図の一枚

2015年4月24日、「津和野今昔〜百景図を歩く」というストーリーが文化庁に日本遺産認定された。

この”百景図”とは、栗本格齋が町並みや伝統行事、自然景観を後世に伝えるために描いたものである。

そんな百景図にも描かれている「鷺舞」や「流鏑馬」、「津和野城跡」など、津和野町ならではの文化や建造物などが今も残っている。

鷺舞

鷺舞

 

流鏑馬

流鏑馬

 

朝靄に覆われている津和野城跡

朝靄に覆われている津和野城跡

 

しかし、この百景図が描かれた当時の津和野町は、大部分は亀井氏に支配されていた津和野藩であった。そんな津和野藩が益田市や吉賀町などの周辺地域に一部の地域を明け渡して旧津和野町となり、時を経て旧日原町と合併することとなったのである。

日原と津和野の合併

1970年代には津和野町がテレビや雑誌で取り上げられたことがきっかけで、「山陰の”小京都”」と呼ばれ、町はアンノン族※を中心に多くの観光客でとても賑わっていた。全国にはたくさんの”小京都”と呼ばれている地域があるが、津和野はその元祖である。

あれから約40年が経った今でも津和野の人気は根強く、毎年約100万人の観光客が訪れている。

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春と秋は観光するのに絶好のシーズンだ

 

しかし、今現在の津和野町は、70年代の津和野町とは少し事情が異なっている。

約10年前に、当時隣接していた旧日原町と旧津和野町が合併して、現在の津和野町が誕生した。かつては天領であった地域がまちの中心にあったという経緯から、”日原”という名前に強いプライドを持つ者も多い旧日原町、対して大半が亀井氏の支配下であった津和野藩がベースで、現在まで商業の中心を担っている旧津和野町。今でも、大きな文化・慣習の違いがあるこの二つの町。

そんな旧日原町とは、一体どんなところだろうか。

旧日原町へは、旧津和野町から途中トンネルや大橋を通し、車で約20分走ると到着する。

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日原全景

 

この町では、豊かな農耕地域が広がる池川地区、ロゴマーク作りやまちを挙げての祭りなど住民の一体感ではどこにも負けない須川地区、熱狂的なファンを持つ神楽のチームがあり、平家の落ち武者伝説で有名な左鐙(さぶみ)地区など、各地区ならではの固有の文化を持っているのだ。

神楽の様子

神楽の様子

 

須川地区ロゴマーク

須川地区ロゴマーク。入り組んだ山道の先にある須川地区が表現されている。

 

その他にも、

本州で最も星の光度が高い日原天文台、

清流日本一になった高津川、

青野山の伏流水から作られたお茶やわさび、鮎などの食文化。

このように、特色ある有形無形の文化財が存在している旧日原町。旧津和野町と合併した今でも、旧日原町民で”日原”という名前にこだわりをもつ者も多い。

日原天文台

日原天文台


日本一の清流「高津川」

日本一の清流「高津川」

 

津和野のわさび

津和野のわさび

 

まちは新たなフェーズへ

冬の津和野

冬の津和野


5年ほど前から積極的に地域おこし協力隊員を受け入れ始め、町の産業の発展や文化の継承などにおいて外の空気を入れ、町を魅力化させるための動きを精力的に行っている。

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「生きる力を育む自然体験プロジェクト」の様子

「生きる力を育む自然体験プロジェクト」の様子

 

また彼らの中には、津和野高校の魅力化プロジェクトに携わっている者や、イノシシ産業のプロジェクト、教育NPO事業など津和野町というフィールドを通して、新たな試みを行っている者もいる。

殿町にある藩校養老館。かつての藩校の仕組みを復活させようと、津和野高校では魅力化プロジェクトの一環として、町営英語塾「HAN-KOH」が行なわれている。

殿町にある藩校養老館。かつての藩校の仕組みを復活させようと、津和野高校では魅力化プロジェクトの一環として、町営英語塾「HAN-KOH」が行なわれている。

 

そして、長年減少傾向にあった観光客も、近年は外国人を中心に増加傾向にある。

ゲーム『ドラゴンクエスト』に出てきそうな、山や谷に囲まれている津和野というフィールド。

そこに住む旧日原町民と旧津和野町民、そしてIターンで新たに流入してきた住人たち。

彼らが創り上げていくこれからの津和野町を、このホームページにて少しでも伝えることができればと思う。

 

※アンノン族ー1970年代中期から1980年代にかけて流行した、雑誌やガイドブックを片手に一人旅や少人数で旅行する若い女性のこと。

 

  • 《津和野町役場》HPはコチラ
  • 津和野町の観光情報が逐一アップされるサイト《津和野町観光協会「ゆ〜にしんさい」》HPはコチラ
  • 文化庁から日本遺産に認定された「津和野今昔〜百景図を歩く〜」を記念して建てられた《日本遺産センター》HPはコチラ
  • 津和野町役場の東京事務所《t-space》のサイトはコチラ
  • 「人材育成×まちづくり」事業を行い、津和野町を始め、全国各地に地域おこし協力隊員を派遣している企業《株式会社Founding Base》のサイトはコチラ
  • 町営英語塾「HAN-KOH」などの高校魅力化プロジェクトが行われている《津和野高校》HPはコチラ

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